人生に八方塞などない
「八方塞」ということばがある。文字通り、前を見ても左右を見ても、扉がすべて塞がれ、身動きが取れない状態。しかし、本当に八方塞なんて状態はあるのだろうか。
ボクも、これまでに何度も地獄を見てきた。八方塞だと思ったことは一度や二度ではない。しかし、今もこうして生きている。あくまでも私見だが、ボクたちには、扉が閉ざされてしまうと、その扉ばかりに注意を奪われてしまう悪癖があるように思う。
その扉の向こうに、自分の夢がある。そう思うと、閉ざされてしまった扉にばかり目を奪われてしまい、八方塞だと絶望感に襲われる。いや、閉ざされてしまったからこそ、その先に夢があるとつい思ってしまう。
しかし、8つも扉があれば、必ず開いている扉があるはずだ。人生は、それに気付くか気付かないか。成功者とそうでない者の違いは、ただそれだけ。そんな気がする。
なぜこんなことを言うのか。今、ボクは、新しい夢に向かって試行錯誤を繰り返している。なかなか思うように前に進めない。『篤があつしに変わるまで』で書いているとおり、ITライターとしてデビューするまでは、それはそれは困難な道のりだったが、その比ではないほど厚くて高い壁に阻まれている。
正直、「八方塞だ」と断念しかけたが、夜が白々と明けるまでベットで夢想している時に、「人生に八方塞などない」と思い至った。
確かに、目の前の扉はなかなか開かない。右前方の扉も、左前方の扉も、右の扉も、左の扉も閉ざされている。しかし、まだ、右後方、左後方、そして真後ろの3つの扉があることに気付いた。後ろを振り返るなんて、後ずさりするようで嫌だったが、その3つの扉のどこかを攻めれば、夢に近づける。そのことに気付いた。
「急がば回れ」とは言い得て妙だ。一歩、後退して、その扉の向こうに行けば、その世界では、真正面の扉が開いているかもしれない。
そう思ったら、また、チャレンジする元気が沸いてきた。
上京してたったの7ヶ月。ボクの本当のチャレンジはこれからだ。
