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サラリーマンの給料はなぜ生活費に消えてしまうのか?(25)

義務教育がひた隠す目からウロコの危険な経済学

< 第1話 からお読みください >

第25話

エピソード3
学校が教えてくれたあの需給曲線は嘘だったのか?(9)

 さて、では、このエピソードの最後として、これまでに述べてきたことをまとめてみよう。

・商品の「価値」と「価格」は似て非なるモノである

・生理的労働の量(労働時間)に材料費や諸経費などを加味したモノを「生産費」と呼ぶ

・商品の「価値」は「生産費」で決定する(商品の価値 = 商品の生産費)

・商品の「価格」は気候の変化といった外的要因や需給バランスによって変動するが、商品の「価値」は「生産費」を基にしている以上、基本的に一定である(他の影響は受けない)

・商品の「価格」を決める主要因は、その商品の「価値(生産費)」である(需給バランスがどうなろうと、それは単なる変化の過程であり、結局は商品は「価値」に応じて交換されている)

 いかがだろうか。このように補足して再考すれば、大学の授業で教授が言った

「商品の価値は労働時間で決まる」

と、私たちが中学や高校の授業で習う

「商品の価格は需要と供給のバランスで決まる」

は、お互いにまったく矛盾していないことがおわかりいただけることと思う。

 もっとも、この二つのフレーズがお互いに矛盾していないことと、近代経済学が教える需給曲線が正しいかどうかは、また別の問題である。そして、このエッセイでは、繰り返しになるが、

「商品の価格は、外的要因や需給バランスによって変動するが、あくまでもその商品の価値(生産費)で決まる」

という立場をとっている。

 大切なのは、「価値」と「価格」を同じものと考えてしまうと自己矛盾に陥るが、両者は別物と考えれば、それぞれの理論の整合性は見事に取れるということである。

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