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サラリーマンの給料はなぜ生活費に消えてしまうのか?(26)

義務教育がひた隠す目からウロコの危険な経済学

< 第1話 からお読みください >

第26話

エピソード3
学校が教えてくれたあの需給曲線は嘘だったのか?(10)

 それから、念のために、最後に付け加えておきたい。

 商品の「価値」を左右するのは、それを生産するために費やした労働時間なのだから、それは労働時間が長いほど商品の「価値」は高まって当然だ。しかし、だからと言って、ダラダラと時間をかけて作業をして生産された商品が、テキパキと短時間で作業をして生産された商品よりも「価値」が高くなることは断じてない。このケースでは、両者の「価値」は同じである。

 商品の「価値」の実態として労働時間を考えるときには、当然にして労働者の熟練度や労働環境を加味する必要がある。

 熟練した労働者が四時間で作った商品と、不慣れな新人が八時間かけて作った商品の価値が同じであるように、機械を使ってオートメーション化を図っている場合と、全工程を手作りで仕上げる場合も、両者の商品の完成度に違いがなければ、たとえ手作りだろうがその価値が高くなることはない。

 この場合、手作りの会社は、商品の質を機械には真似のできないレベルのモノにするか、それができなければ機械を導入せざるを得ない。

 すなわち、商品の価値は、社会的に見て平均的かつ一般的に必要とされる労働時間によって決定するのである。

 この考え方は「労働価値説」と呼ばれ、マルクス経済学の根幹を成すとともに、マルクスの前にもアダム・スミスが同様の理論を展開していることを付け加えておこう。

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