サラリーマンの給料はなぜ生活費に消えてしまうのか?(29)
義務教育がひた隠す目からウロコの危険な経済学
第29話
エピソード4
お尻も拭けない一万円札がなぜトイレットペーパーよりもありがたいのか?(2)
二千円札が五枚でも一万円は一万円である。当たり前だが、二千円札があれば二千円の買い物ができる。すなわち、二千円札には「二千円の価値」がある。
しかし、あまりに二千円札が流通していないがために、私はその「当たり前のこと」に疑念を抱いてしまったわけだが、実は、この一見馬鹿げた私の疑念は、「貨幣とは何か?」という「貨幣論」の根本的な概念そのものなのである。
なぜ私は、ATMが吐き出した二千円札を見て不安に駆られたのか。それは、一瞬とは言え、私が二千円札を「信用」しなかったからである。
すなわち、こういうことである。
貨幣の「価値」を支えているものは「信用」に過ぎない。
言い換えれば、その「信用」を失えば、貨幣は無価値になり、単なる紙切れ同然になる。
マルクスは、自身の経済学の中でも、貨幣の誕生の歴史からその役割の解明にいたるまで、非常に力を入れて分析を試みているが、エピソード4では、そのほとんどをざっくりとカットしたい。なぜなら、私たちの生活において、今さら、貨幣のない経済行為のほうが異常であり、それほどまでに貨幣は身近な存在であるからだ。
ただ、身近であるがゆえにみなさんが気付いていないこともある。エピソード4では、その点にだけフォーカスを与えることにしよう。
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コメント
おはようございます。
いつもありがとうございます。
2千円札は本当にみかけませんね。
来年京都市では「源氏物語1000年紀」に
引っかけての事業があるんです。
2千円札の図案は源氏物語なので
うまく使われるといいのにな〜と
思います。
おはようございます。
いつもありがとうございます。
2千円札は本当にみかけませんね。
来年京都市では「源氏物語1000年紀」に
引っかけての事業があるんです。
2千円札の図案は源氏物語なので
うまく使われるといいのにな〜と
思います。
投稿者: meg | 2006年10月23日 04:50