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サラリーマンの給料はなぜ生活費に消えてしまうのか?(30)

義務教育がひた隠す目からウロコの危険な経済学

< 第1話 からお読みください >

第30話

エピソード4
お尻も拭けない一万円札がなぜトイレットペーパーよりもありがたいのか?(3)

 私たちの生活において、今さら、貨幣のない経済行為のほうが異常であり、それほどまでに貨幣は身近な存在だ。

 ただ、身近であるがゆえにみなさんが気付いていないこともある。ここでは、その点にだけフォーカスを与えることにしよう。

 では、すっかり見ることのなくなった二千円札ではやはり気持ちが悪いので、ここからは一万円札を思い浮かべながらお読みいただきたい。

 繰り返しになるが、一万円札を持って店に行けば、一万円の「商品」が買える。また、一万円の「価値」のある商品を作って売れば、一万円がもらえる。

 すなわち、一万円札には一万円の「価値」がある。これは疑いようのない事実である。

 さて、この当たり前の事実を再確認したところで、もう一度、「商品とは何か?」を思い出していただきたい。「忘れてしまった」という人は、『エピソード2』をもう一度読み返していただいて構わない。

 「商品」とは、「価値」と「使用目的」を持ち、かつ、交換の対象となるモノ

 これこそが「商品」であった。

 となると、こんな疑問が必然的に生じる。

 「では、貨幣も商品なのではないか?」

 結論から述べよう。

 「貨幣」は「商品」ではない。

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