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サラリーマンの給料はなぜ生活費に消えてしまうのか?(31)

義務教育がひた隠す目からウロコの危険な経済学

< 第1話 からお読みください >

第31話

エピソード4
お尻も拭けない一万円札がなぜトイレットペーパーよりもありがたいのか?(4)

 再三、恐縮だが、確かに貨幣には価値がある。一万円札ならば一万円の価値がある(*)。また、貨幣によって売買ができる。すなわち、貨幣は「交換の対象」でもある。

 しかし、これだけではまだ商品の条件を満たしていない。貨幣を商品と呼ぶためには、貨幣に「使用目的」がなければならない。問題はここである。

 パンには「食べる」という使用目的がある。マフラーなら「身に付ける」という使用目的がある。だからこそ、パンもマフラーも商品なのである。

 では、貨幣はどうだろう。

 ちなみに、「モノを買う」というのは「使用目的」ではない。単なる「交換」である。

 紙だからメモ用紙になる? 一万円のどこにそのようなスペースがあるだろうか?

 紙だからお尻が拭ける? 私はいまだかつて、一万円札を備え付けたトイレなど見たこともない。

 そう、「使用目的」という観点から見たら、一万円札はお尻も拭けない、トイレットペーパー以下の存在なのである。

 硬貨にせよ紙幣にせよ、「使用目的」がまったくない。別の言い方をすれば「有用物」ではない。

 したがって、貨幣は商品ではない。

 いかがだろうか。当たり前とおっしゃる方もいるかもしれないが、実は、義務教育ではこのことは教えてはくれない。

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* 厳密には、貨幣が表現しているのは「価値」ではなく「価格」である。

 『エピソード3』で述べたとおり、商品の「価値」と「価格」は必ずしも一致しない。

 商品は、「価値」ではなく「交換価値」が等しいときにはじめて交換が行われる。そして、この「交換価値」は、物々交換の時代が終わり、貨幣の登場によって「価格」という概念に姿を変えた。

 すなわち、「交換価値=価格」なのである。

 しかし、読者の混乱を防ぐために、ここでは「価値」という表現を用いている。

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