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サラリーマンの給料はなぜ生活費に消えてしまうのか?(33)

義務教育がひた隠す目からウロコの危険な経済学

< 第1話 からお読みください >

第33話

エピソード4
お尻も拭けない一万円札がなぜトイレットペーパーよりもありがたいのか?(6)

 そこで、昔の経済世界が必要としたのが、人々が自分の商品と他人の商品を偶発ではなく自由かつ必然的に交換できる仕組みであった。高度な商品の流通があってこそ、はじめて経済社会は発展を遂げて行く。そのためには、商品と商品を仲介する何かが必要だったのだ。

 昔の日本で考えれば、米などはその「何か」になり得るだろう。

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 こうして、あるモノで商品の価値を表すことができれば、それを仲介にして商品の交換が可能になる。

 この図の場合、米で商品の価値を表現しているので、大根を米に換えれば、その米をいつでもいわしと交換できるようになる。大根片手にいわしを釣った人との偶発的な出会いを捜し求めて右往左往する必要はなくなるわけである。

 こうして、商品の流通は限られた部分的なものから、全社会的な一般的なものに変貌を遂げる。

 このケースでは、米は商品の交換の仲介としての役割を果たしていると同時に、その重さを調整することで、商品の価値も表現できている。

 このことは、欲しいいわしが五匹だったら、一キログラムの半分の五百グラムの米で交換できることからも明らかである。

 すなわち、この図の米は、それ自身が「商品」であると同時に、「貨幣」でもあると言うことができる。

 なお、蛇足というか、次回の話と多少かぶるが、このように流通の仲介をするモノは、次のような条件を満たしていると都合が良い。

 1.生産量(採掘量)が安定している
 → 不安定では仲介の役目を果たせないから

 2.体積に比べて重さがある
 → 綿のように大きさばかりあって軽いモノでは管理、保管、持ち運びに不便だから

 3.分配や切削ができる
 → 価値に応じて重さの調整ができるから。ちなみに、イギリスの通過が「ポンド」と呼ばれるのは、この名残りである。

 こうして考えると、貨幣が貝殻→銀→金と姿を変えてきた理由がおわかりだろう。

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